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△△△食監物語
スパゲティ食中毒事件の原因追求実験と調査
   (セレウス&黄色ブドウ球菌)    h12.8.25

1 はじめに
  
1.大食中毒事件が発生
 何年か前の5月の連休明けのことでありました。夜7時ころ自宅で夕食を食べている時、生活環境課長より電話が入り、食品衛生担当は職場へ戻れ、と全員招集がかかった。
 これは大事件で、区内の給食製造施設A社で調理した給食により、254名が嘔吐下痢などの食中毒症状となったものであった。原因食品はインディアンスパゲティで、病因物質はセレウス菌(残品より2.2億 /g,嘔吐毒80ng/g検出)及び黄色ブドウ球菌(残品より1.5億 /g、エンテロトキシンA型2ng/g 検出)であった。(ng:ナノグラム、10億分の1g)
 スパゲティのゆで作業は前日に実施されたものの、A社施設は事件の 1.5年前に新築・設備されたばかりで最新鋭の真空冷却機の利用など調理過程は一見良好にみえた。しかし、調査を進めるにつれ、回転釜でゆでたスパゲティを受けるザルが床の上の木製のすのこに置かれ、極めて床に近い位置にあったこと、ゆでたスパゲティを入れたパン箱が二段に積み重ねられて冷蔵庫に一晩保管されたこと等が判明した。


2.疑問1 最新式の真空冷却機があるのに冷めなかったのか?
 A社には真空冷却装置が設備されていた。ゆでたてのスパゲッティを入れ、温度感知器を突っ込み、スイッチをオンすると、装置内が真空となり、数分で設定温度まで冷却できる夢みたいな装置である。
 「こんな凄い機械があるのに、冷却不足はあるのんか?」
 「いや、温度のセットは31℃にしたというから、その後のプレハブ冷蔵庫で温度が下がらなかったんじゃないの?」
 「庫内の温度は5℃だから、一晩もあれば十分下がるんじゃないの?」
 「いや、スパゲッティの入ったパン箱を2段積みにしてしまったし、スパゲッティの量が量だけにやってみなくっちゃ分からんぜ。」
 「A社に協力を願って、回転釜に一杯二杯、スパゲッティを作ってもらおう。その温度を出荷段階まで順を追って測って行こうじゃないの。」
 このようにして、事故時と同様、スパゲッティを二釜(乾麺計10kgのゆで上げ)及びエビ14kgの投入が決まった。
 A社施設を利用し、調理の開始時刻や途中の調理方法もできる限り忠実に再現調理した。調理はA社のベテラン調理人が担当した。各段階で時間経過を追いつつ温度測定した。
 冷蔵庫の品温測定には自記温度計を使用した。1時間おきに自動的に温度が記録された。
 結果は表1のようだった。真空冷却機は、二釜のゆでたスパゲティを、約10分でほぼ設定どうり32℃までに冷却したが、その後、プレハブ冷蔵庫では、32℃から20℃に下がるまでに10時間もかかっているのが分かり、一同「えーっ!」と驚いたものの「やっぱりなあ、落とし穴があるんだわなあ」と得心したりもした。
 
 表1 スパゲティ調理再現実験
――――――――――――――――――――――――――――――
 時刻                         スパゲ   エビ
        調  理  過  程         ティ℃    ℃

 16:30 ・回転釜(A.B.C3釜)に湯を沸かす
 16:50 ・A釜でエビ(冷凍品14s)をボイル            88
    ・B.C釜でスパゲティ各5sをボイル     99
    ・ザルにとり流水でさます            69     38
    ・パン箱に移す。エビ1箱・スパゲティ2箱  69
 17:45 ・夫々をそのまま真空冷却機で冷やす    32      32
 18:00 ・夫々をそのまま冷蔵室(5℃)に保管 
    ・スパゲティ2箱は重ねて保管、下の箱の
      スパゲティの温度を測定。
 20:00                           30.0
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  0:00                            25.0
  4:00                            19.9
  6:00                            17.8
  6:30 ・夫々を冷蔵室から取り出す          17.2      6 
     ・ロ−タリ−炒め機の釜に点火し油を入れる
  6:35 ・釜を回転させエビ、玉葱、ピ−マンを投入 83
  6:40 ・スパゲティを入れる              71
     ・塩、コショウ、カレ−粉を入れる
  6:47 ・火を消し、しばらく回転させて混ぜる
  6:52 ・ロ−タリ−炒め機の回転を止める       71
  7:40 ・手鍋で食缶6個(大2・小4)に仕分け    71
      20℃設定の前室にて保管する
  9:00 ・保冷車で搬出する。               57
―――――――――――――――――――――――――――――

 冷蔵庫内の下側の箱のスパゲティは冷却速度が極めて遅く、投入時の18:00に32℃だったものが、翌朝4:00頃ようやく20℃まで下がり、6:30の取り出し時でやっと17.2℃であった。
 真空冷却機の温度セットが、なぜ31℃なのかと尋ねてみると、品温と冷却水の温度差が10度くらいまでに近づくと、それ以上は時間を長くかけても、ちっとも冷えないから、ということであった。
 夢の機械、真空冷却機は、危険温度帯(65℃〜20℃)を一気に突き抜けるのではなく、荒熱を取るという、前半の部までの能力しか持たないのであった。32℃から20℃まで下げる後半部分は、プレハブ冷蔵庫の役目であったが、スパゲッティの入った箱を二段積みにしたため、危険温度帯を抜け出すのに、約10時間もかかってしまったのであった。


3.疑問2 どんな温度条件で増菌したり、毒素産生するのか?

 残品のスパゲティから、セレウス菌が2.2億 /g,及びその嘔吐毒80ng/gを検出し、また、黄色ブドウ球菌が1.5億 /g、そのエンテロトキシンA型2ng/gも 検出された。(ng:ナノグラム、10億分の1g)
 両菌ともその毒素により食中毒症状を発生させるが、両毒素とも過去の事件から1,000ng程度の摂取により、発症すると言われている(いわゆる中毒量)。その意味からはセレウスが、この食中毒の主な原因になった可能性は高い。セレウス毒はスパゲティ1g当たり80ng検出されているので、スパゲティを12.5g食べれば中毒量に達する。黄色ブドウ球菌のエンテロとキシンが原因とすると500g食べてやっと中毒量に達する。
 ただ本年(平成12年)発生した雪印牛乳による食中毒事件では、黄色ブドウ球菌の毒素量は新聞情報によると、0.4ngでありこれでは牛乳を1L以上飲まないと発症しないということとなり、はるかに低い感じがする。最近流れている情報では、黄色ブドウ球菌の毒素は加熱により、検査にはほとんど検出されなくなるが、人体に取り込まれることにより復活するんだ、なんていう研究もある・・・・・。
 2−3日前の新聞では黄色ブドウ球菌の毒素の中毒量は、100−200ngとの記載もあった。かなり下がってきたなという感じだ。
 さて、本段の疑問であるどんな温度条件で増菌したり、毒素産生するのか?についての実験は、方法・結果を含めすべて名古屋市衛生研究所でやっているので、この成果を引用する。
 菌添加量は、セレウス菌・黄色ブドウ球菌を同時に約1,000 /gとした。両菌共、本食中毒事件由来株である。
 まず、ゆでたスパゲティに菌添加し菌数・毒素量の経時変化をみた。

表2 ゆでたスパゲッティに菌添加
――――――――――――――――――――――――――――――――――
             黄色ブドウ球菌     セレウス菌 
          菌数(/g)  毒素(ng/g)  菌数(/g) 毒素(ng/g)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 @ 4℃保存
6時間後      3.2×1,000  −    4.8×1,000 −  
 18時間後      9.4×100  −     2.4×1,000 −
                           
 A 20℃保存   
   6時間後    1.6×1,000,000  −   4.2×100,000  −
18時間後   1.2×100,000,000  8   2.2×100,000,000  160 

 B 30℃保存
   6時間後   1.4×100,000,000   4   5.0×100,000,000   5
 18時間後   2.3×100,000,000  256  4.2×100,000,000  5120
――――――――――――――――――――――――――――――――――


 以下、セレウス菌に着目する。
・4℃保管では、菌数変化は見られないし毒素産生もない。
・20℃保管では6時間後100,000オーダーとなり18時間後には菌数はほぼ頭打ちと思われる100,000,000オーダーとなり毒素産生も見られる。 
・30℃保管では6時間後にすでに菌数は頭打ちの100,000,000オーダーとなり、毒素産生がされており、18時間後には大量の毒素が産生されている。
 実験は、30℃保存か20℃保存しか実施していないが、食中毒発生時は、この中間を約10時間かけて冷えていっている。スパゲティの初発の菌汚染が、再現実験と同様、1g当たり1,000程度であれば、最終的に億単位の菌数、及び、ある程度の毒素産生があったものと推定できる。
 はたして事件時、初発の菌汚染はどうだったのか?
 当時、スパゲティの受けザルが床から近かったため、床にたまたまいた、大量のセレウス菌が、ザル・スパゲティを汚染したとして、今回の実験の接種量のように1g当たり1,000も移行したかどうかは、不明である。もっと多ければ、確実に大量の毒素産生があったと推定できるし、少ない菌汚染なら、ほんの少量の毒素しか産生していないと考えられる。
 たぶん1gあたり1,000程度の汚染はあったのだろう。


4.疑問3 翌朝いためているのにまだ毒素は残ったの?

 表2の、ゆでたスパゲティに菌添加し18時間20℃保管したものを、いためた場合について、表3に示した。

  表3 増菌・毒素産生スパゲティをいためた場合
――――――――――――――――――――――――――――――
          黄色ブドウ球菌     セレウス菌 
        菌数(/g) 毒素(ng/g)  菌数(/g) 毒素(ng/g) 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 @加熱直後    100以下 −      100以下   160
  
 Aその後室温放置  
   4時間後   100以下 −     1.2×10,000  160
――――――――――――――――――――――――――――――

 セレウス菌はいためることにより2.2億から100/gとなり、ほぼすべて殺菌された。しかし、4時間後には残存菌が増殖を始めている。一方セレウス毒素は、160ng/gと、そのまま残り、十分な加熱によっても分解されないことが分かった。
 この実験から、事件時のスパゲティのいため方は不十分であったため、菌はほとんど死ななかったことが推定された。
 すなわち、毒素は加熱しても分解しないし、加熱自体も不十分だったのだ。


5.疑問4 セレウスはどこから来たの

 本事件の食中毒菌による汚染原因は床からのはね水等と推定したが、実際、スパゲティを汚染した毒素産生能のあるセレウス菌はどこから来たのかという疑問が少し残る。
 A社を始め、同様の給食施設の床や長靴の、セレウス菌の存在を4ヶ月にわたって調査したところ、24件中16検体(67%)からセレウス菌を検出し、うち2検体からは嘔吐毒も産生することが分かった。
 やはり、セレウスは、床にほとんど常在で、運が悪ければ、嘔吐毒産生の菌も混じるということが分かった。


6.過信と錯覚

 調理現場において次のような過信や錯覚があることを事件の教訓とすべきである。
 @「沸騰したゆで汁を流すから受けザルは床に近くても大丈夫、更に上からホースで放水し冷却すればよい」という錯覚。床の食中毒菌による汚染率は高く、他県においてザルのじか置きが原因の事件も最近2件報告されている。これを避けるためにはザルを床から十分離す工夫が必要である。回転釜については、釜を傾けるときに釜が上昇する機能を持つものの導入を考えるべきである。
 A「最新式の真空冷却器と強力なプレハブ冷蔵庫があれば前日調理も大丈夫」という過信。
  真空冷却器の威力はすごいが、冷蔵庫内での食中毒起因菌増殖温度帯の通過時間に強く関心をはらう必要がある。特に30℃付近からの冷却は難しい。
 B「具を入れて再加熱するから大丈夫」という錯覚。
  当日炒めの具と前日加熱済の具をあわせての加熱では、加熱終了の判断は味がなじんだかどうか、均等に混じったかどうかであり、加熱十分が判断基準とはならない。加熱終了は隔測温度計で測定した後判断するべきである。またAとあわせれば、前日調理は細切だけとし、下ごしらえとは言え加熱を伴うものは禁止されるべきである。


7.おしみゃーに 

 スパゲティはなも、セレウスで食中毒になるんが多いんだわなも。たいてい前日調理だわ。誰でも前日調理はしとうはないけども、スパゲティは他の煮込み物と比べるとさいが、単純で安全そうにみえるで、前の日にやっちゃうんだわ。するとさいが、運悪うこのたびみたゃーな大たぁーずなことになってまうんだわなも。

      *第43回名古屋市公衆衛生研究発表会より


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